2012年 03月 26日
Y to the ONE Tシャツ発売 |
(South Ezo Records / YTTO-T-001)
定価2,800円(税込)
2011年9月に事故でこの世を去り、皆の前からいなくなってしまったラッパーY to the ONE。「日本のヒップホップ最後の秘境」「北の入り口の番人」「世界的に見てもとてつもないオリジナル」「最もラップ力に溢れたMC」・・・彼を取り巻く伝説は多くある。
函館に生まれ函館に生きた彼の魂を胸に、どうかみんな彼のことを忘れないように、彼の存在を音楽を伝えていってほしい。
そんな思いを込めて作りました。
厚手のボディは黒で、表と裏のプリントは白。
デザインは、Y to the ONEの残した唯一の12インチ「神経 / Bye Bye Sick」やY to the ONE & TIGER-T『必殺の肉声』のアートワークを手掛けたhrakが担当。
Y to the ONEの楽曲のみをDJ HIROOがミックスしたCD-R、"Y & H Mix"が付きます(数に限りがあります)。
マスタリングは、1stアルバム"paradigm shift"をリリースし世界中で活動するDJ DOPPELGENGER。
※こちらの配布は終了しました。
Y to the ONE プロフィール
函館を拠点に活動したソロマイカー。14歳でマイクを握る。
ストレートなリリックは、時には感動を呼び、時には狂気を想わせる。
2003年に1stアルバム『Y to the ONEの世界』、2004年に2ndアルバム『Remission』をリリース。12インチ「神経 / Bye Bye Sick」を皮切りに、DJ DIEKIプロデュースで『For Brain』など数々のアルバムを自主制作でリリース。
2007年、DJ TAMAがプロデュースを手がけたMIX CD 『HIP-HOP BLOCK BUSTERS HOKKAIDO』に楽曲を提供。2010年、B.I.G. JOEをはじめとしたMIC JACK PRODUCTIONメンバー、4CE FINGER等と共にNORTH SIDE CONNECTIONに参加。
2011年9月に川での事故により逝去。
DJ HIROO プロフィール
北海道札幌出身。イギリスに2年間滞在した後、1999年に函館にてDJを開始。
現在はテクノやハウスを中心にプレイするが、自らを函館のハードコアシーンの一部と考えるように、精神性においてあらゆるジャンルの制約から自由である。そのプレイスタイルも、場のインスピレーションや直感を重視する。
2008年には函館のラッパーY to the ONEのライブDJもつとめる。
2009年バンコクに移住。現地で活躍する日本人DJのmAsa niwayamaと共にパーティー"GIANT SWING"を始動し、徹底した音楽主義で高い評価を得る。タイのDJのオリジネイターのひとりDJ DRAGONによるダブステップパーティー"DUBWAY"にも参加。
レーベル"Oyamapan Sound"を主宰。
ヨネが亡くなってから半年が過ぎた。あらためて思う。
ラッパーY to the ONEのメッセージとは何だったんだろう。
ヨネは最後に"FINAL FIGHT"(原題「死闘」)という曲を残した。
亡くなる前の、1年間くらいの言動はものすごく危なっかしかった。
あの穏やかな、2008年のゴーストタウンの栄光がウソだったかのように。
そしてヨネは川に飲み込まれた。
まるで身を犠牲にして地の怒りを鎮めるかのように。
ずっと「地球のナミダ」を歌ってきたヨネが。
ヨネの言ってることわかってるようで、実は何もわかってない。
おれもそう。きっとみんなそう。
だからこそY to the ONEは大きな謎解きだ。
彼が詩人という証拠でもある。本物のメッセンジャー。
謎は謎のまま。残された衝撃、魂は熱いまま。
それでもまたヨネに会いたい。くだらない話をして笑ってたい。
そんな思いを抱えながら生きていくんだろうなと思います。
by edwardsandwich
| 2012-03-26 18:42
| Y to the ONE
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