2012年 05月 06日
未来へ |
mAsa niwayamaと2人で続けてきたパーティー「GIANT SWING」も、先日2周年を迎えることができました。記念すべきその夜のゲストは、札幌よりNaohito Uchiyama。かつてはTHA BLUE HERB RECORDINGSからアルバムをリリースし、現在もBeatportなどで曲を発表している、北海道のテクノシーンでは頭ひとつ抜けた存在だ。彼と同じパーティーをつくりあげるのは、3年4ヶ月前の函館以来2度目。あのときはお互いバタバタしていた状況だったけれど、異なる環境でそれぞれ生き抜き、着実に前進していたのではないかと思う。その証拠に、来てくれたお客さんは音楽に浸りながら、踊る足を止めることがなかった。音が止み、ひとりのお客さんに声をかけられた。「今夜は音楽の愛を感じたよ。本当にありがとう」
GIANT SWINGに関しては、毎回あらゆるジャンルのグッドミュージックを扱ってはいるが、特に奇をてらっているわけではない。親しい友人の家に仲間たちが続々と集まってくる。皆それぞれのやり方で音を楽しみ、リラックスして、踊ることで自分を表現する。そんなトラディショナルな方法に立ち返っているつもりだ。なぜなら、それこそがバンコクのダンスフロアに欠けていることだと思っているから。いつのまにか自由であるべきのフロアが「ダンスミュージック」という記号に支配されてる気がしていた。本来は、ただ「自由」のひと言でいいはずなのに。簡単に言えば、ここバンコクではクラブミュージックはビジネス。だからこそ、そこに隙間が生じる。実は皆、もっとあたたかい、親しみの持てるダンスフロアを探していた。音楽にさえ浸ることができれば、全ては良い方向に行く。そんな仮説は間違っていなかったんじゃないかと思う。
タイに来た理由は、日本の環境がしっくりこなかったのもあるし、これからあの国がどうなっていくかわからないという漠然とした不安のせいでもあった。出てしまってからは、普段の生活においては、日本人であるということにはほとんど無関心だった。だけど音楽のことになると、日本人としてのポジションはよりはっきり見えてくる。あまり大きな立ち場にないのが現状だろう。その中でも周りの友人のDJたちは少しずつ評価を得ていったように思えた。でも評価されるだけの側にいるのはなんとなく嫌だった。どうせなら他の国のDJたちがうらやむような空間をつくってみせたかった。主導権を握りたかったのだ。
始めるのは簡単だった。昔やったことを、また最初からやればよかった。買ったレコードを大きな音で鳴らしてみたくて、身内だけで集まって始めたパーティー。それから形を変え大きくなりはしたが、基本的には同じことを、日本で10年以上もやってきた。バンコクでだってやれるはずだ。場所は関係ない。「なんでも自分で決める」ということが重要だったのだ。
(以下、続きはDude-Magazineをご覧ください)
GIANT SWINGに関しては、毎回あらゆるジャンルのグッドミュージックを扱ってはいるが、特に奇をてらっているわけではない。親しい友人の家に仲間たちが続々と集まってくる。皆それぞれのやり方で音を楽しみ、リラックスして、踊ることで自分を表現する。そんなトラディショナルな方法に立ち返っているつもりだ。なぜなら、それこそがバンコクのダンスフロアに欠けていることだと思っているから。いつのまにか自由であるべきのフロアが「ダンスミュージック」という記号に支配されてる気がしていた。本来は、ただ「自由」のひと言でいいはずなのに。簡単に言えば、ここバンコクではクラブミュージックはビジネス。だからこそ、そこに隙間が生じる。実は皆、もっとあたたかい、親しみの持てるダンスフロアを探していた。音楽にさえ浸ることができれば、全ては良い方向に行く。そんな仮説は間違っていなかったんじゃないかと思う。
タイに来た理由は、日本の環境がしっくりこなかったのもあるし、これからあの国がどうなっていくかわからないという漠然とした不安のせいでもあった。出てしまってからは、普段の生活においては、日本人であるということにはほとんど無関心だった。だけど音楽のことになると、日本人としてのポジションはよりはっきり見えてくる。あまり大きな立ち場にないのが現状だろう。その中でも周りの友人のDJたちは少しずつ評価を得ていったように思えた。でも評価されるだけの側にいるのはなんとなく嫌だった。どうせなら他の国のDJたちがうらやむような空間をつくってみせたかった。主導権を握りたかったのだ。
始めるのは簡単だった。昔やったことを、また最初からやればよかった。買ったレコードを大きな音で鳴らしてみたくて、身内だけで集まって始めたパーティー。それから形を変え大きくなりはしたが、基本的には同じことを、日本で10年以上もやってきた。バンコクでだってやれるはずだ。場所は関係ない。「なんでも自分で決める」ということが重要だったのだ。
(以下、続きはDude-Magazineをご覧ください)
by edwardsandwich
| 2012-05-06 12:11
| anngle / Dude-Mag.
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